ネット炎上とその対策

インターネット、スマートフォン、SNS (Social Networking Service) の普及によって誰もがいつでもどこでもネット上の不特定多数の人々に向けて情報を発信できるようになりました。2018年現在、日本ではFacebook, Instagram, TwitterなどのSNSの利用が盛んですが、2017年のユーキャン新語・流行語大賞に「インスタ映え」が選ばれ、また、ソニー生命保険が2017年4月に公開した「中高生が思い描く将来についての意識調査2017」の中で男子中学生が将来なりたい職業の第3位に「YouTuberなどの動画投稿者」がランクインしたことが各種メディアで驚きをもって伝えられるなど、その浸透度は若年層を含めて思いのほか高いと言えるでしょう。

インターネットやSNSの普及が人々のコミュニケーションを活性化させる反面で、さまざまなトラブルの温床ともなっています。例えば総務省が公開している「インターネットトラブル事例集 (平成29年度版) では、 「SNSやネットで知り合った人による性犯罪被害」、「SNSなどへの投稿内容から個人が特定」、追補版として「心のよりどころだったSNS上の知人による誘い出し」などの事例が紹介され、その危険性や自衛策が説明されています。※1

そのようなネットでのトラブルの一つに「炎上」があります。SNSで発信した不用意な発言や画像がSNSの持つ強力な拡散力で広範囲の人々に即時に伝達されることで、その反応として多方面から批判・中傷・抗議のメッセージが長期に渡って寄せられ、場合によっては個人生活や企業活動を正常に続けるのが難しい状況を招いてしまいます。

ネット炎上にはSNS利用者個人が引き起こす事例、個人の炎上からはじまりその個人が所属する組織にまで炎上が拡大する事例、組織アカウントなどを通じて特定組織が炎上する事例などそのパターンはさまざまですが、炎上が組織にまで及び企業・組織のブランドが毀損される事態にまで至るとその回復は容易ではありません。

炎上を食い止めようと炎上の引き金となったSNSのメッセージ、画像、動画等を不用意に削除するとネット上で拡散・保存されたそれらの情報が増殖することが知られていますし、炎上したという事実はさまざまなかたちでネット上に残り続け、類似する炎上事件が発生したり当該企業・組織が同様の炎上事件を起こしたりするたびに何度でも批判にさらされることになります (ネット炎上火消し業者に依頼しても焼け石に水というのが実情でしょう)。

2018年になってからの実例をあげると、京大iPS研の論文不正に関し、大手通信社が公式SNSアカウントを通じて「問題の論文を掲載した米科学誌の創刊に、山中伸弥所長が深く関わったことが分かりました」との配信を行うとともにWebに記事を掲載し、あたかも山中所長が当該論文不正に関与していたかのような印象操作を行ったことによってネット上で多くの批判を浴びて炎上しました。すると、大手通信社側は記事のURLはそのままで「山中所長が給与全額寄付」という記事に密かにすり替えるという対応を行いました。しかし、その事実はすぐに発見されるとともにSNSで拡散されることとなり、いわゆるフェイクニュース報道によって信頼性が低下している報道機関への信用をさらに失墜させる事態を招きました。

「ネット炎上」と言う語感から、インターネット上で発生する現象であると捉え、現実の社会活動への影響を軽視する見方もあります。しかし、例えば2008年に表面化した「毎日デイリーニューズWaiWai問題」※2 では、お互いに名前を知らない多数の有志のインターネット利用者がSNSを通じて協力して現実社会で問題企業にさまざまな働きかけを行ったことが知られています。

日本の大手新聞社が手がける英語報道メディアのWebサイトを通じて日本の国際的評価を貶める内容の連載記事が長期にわたって配信されるといった、常識では考えられない事実が明らかになったわけですが、当時問題が表面化したのは、この事実を伝えるメッセージがインターネットの匿名掲示板等を通じて継続的に周知されていたことによります。にわかに信じがたい内容だけに当初半信半疑の人々が多かったはずですが、実際にWebサイトを訪問して事実確認がなされると、多くの人々が批判や抗議の声をあげるようになりました。

具体的には、インターネットの掲示板やSNSを中心に有志の人々が問題の連載記事の翻訳を行い、問題点を周知するためにプロのデザイナーと思しき人がわかりやすいチラシを作成し、さらにそのデータをネット上で共有することで多くのボランティアがチラシを印刷して配布するなどの活動が行われました。ある人々は翻訳された記事内容を分析し、誰がどのような意図をもってこのような記事を発信していたのか、過去にどのような活動を行なっていたのか等の情報収拾・交換を始め、犯行グループの特定作業を実施しました。また、ある人々は抗議活動の効果を高めるために大手新聞社の媒体に広告掲載する企業や提携先、関連団体などに対して広告契約を打ち切るよう広範囲な「電凸 (電話作戦)」を実施しました (この結果、一時は同社のウェブ広告スペースの多くが自社広告で埋めつくされる状況に至ったとも言われています)。この事件をきっかけにインターネット上での当該新聞社の評判は失墜し、いまだに何か報道問題が起きるたびに「変態新聞社」と揶揄される扱いになっています。

このように、ネット炎上は単にインターネット上で止まる事象ではなく、長期にわたる企業イメージの低下と企業の存続自体を窮地に陥れるリスクをはらんでいることを認識しておく必要があるでしょう。2017年に損保ジャパン日本興亜が「ネット炎上対応費用保険」を販売し話題になりましたが、ネット炎上発生後の対応にかかった費用が保険金として支払われるとともに、付随するサービスとしてネット炎上対応支援や緊急時マスコミ対応支援が提供されるという内容であり、炎上によって企業のブランドイメージが損なわれたとしてもその損害が補償されるわけではありません※3。ネット炎上の対策として最も大切なのは、そもそも炎上を未然に防止することであり、炎上発生後は長期のイメージ低下を覚悟しつつ批判や抗議の声に真摯に耳を傾け、愚直に信頼回復に努めるということに尽きるのではないでしょうか。

※1:http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/kyouiku_joho-ka/jireishu.html
※2:https://ja.wikipedia.org/wiki/毎日デイリーニューズWaiWai問題
※3:http://diamond.jp/articles/-/151946

大佛 悠人